感覚派アスレティックトレーナー  身体と会話する日々
マッサージ師、鍼師であり、アスレティックトレーナーでもあるフィジカル系職人が、身体について、スポーツについて、その他よしなし事について綴る、教養系?ブログ
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教育者 山西哲郎先生(恩師 山西哲郎先生 その3)
今回は、教育者山西哲郎先生について、書いてみたいと思います。

山西先生は、根っからの教育者であると感じます
山西先生が、講義を受ける学生に、陸上競技部員に、
指導する研究室生・大学院生に、
単なる知識・技術の伝授ではなく
先生自身の人格をぶつけるように語り、体験させ、問いかけ、
全人的な成長を期待する人であるから
です。

山西先生の教育者としての顔は、
よき教師を育成しようという(教育学部の教官としての)使命感、
共に学ぶ者(研究者?)を育てたいという願い、
陸上競技のチャンピオン(※1参照)を育てたいという意欲、
内なる自然と調和した人になって欲しいという想いなど
様々な形での人との関わりの中に常にうかがえるように思います。

群馬大学陸上競技部に入部した私たちに、
山西先生は、熱く、また面白おかしく、多くを語りました。
「勉強しなさい」「本を読みなさい」と運動部で語る監督が他にいるのだろうか?
ジャン-ジャック・ルソーの『エミール』や
ピーター・セラティの『チャンピオンへの道』を読むように勧められ、  ※1
週1回昼休みに山西研究室に1年生部員が集められて勉強会が開かれ、
多くの学生がその強力な個性と指導に影響を受けました。

教育学部の学生には、
エミール』始め、元宮城教育大学学長の林竹二氏(故人)や
元教師で作家の灰谷健次郎氏(故人)などの
様々な人物やその著作を学生達に紹介し、
教育とは何か、教師とは何か、ということを考えさせました

山西先生の教え子には、多くの研究者が生まれました
私の知る限りでも、
東京教育大学の助手券陸上競技部コーチとなった時代の
教え子にあたる(と思われる)
豊岡示朗氏(大阪体育大学教授)
有吉正博氏(東京学芸大学教授)
伊藤静夫氏(日本体育協会スポーツ科学研究室長)等がいらっしゃいます。
(ただし、上に挙げた諸氏の進路選択に、山西先生の存在がどの程度影響したのかは不明。)
後に山西先生は、大学時代の先輩であった
山地啓司氏(現立正大学法学部教授、元富山大学教育学部教授)等と     ※2
中長距離研究会という勉強会を立ち上げ、
後に研究者や陸上競技指導者だけでなく
市民ランナーもが参加するランニング学会へと発展しました。

群馬大学教育学部へ移ってからの教え子からも
深代千之氏(東京大学大学院教授)
征矢英昭氏(筑波大学体育科学系教授)
山口明彦氏(北海道医療大学歯学部准教授)
柳田昌彦氏(同志社大学スポーツ健康科学部教授)
桧垣靖樹氏(福岡大学スポーツ科学部准教授)
中野裕史氏(中村学園大学人間発達学部准教授)
狩野豊氏(電気通信大学准教授)
谷口勇一氏(大分大学教育福祉科学部准教授)
山本正彦氏(東京工芸大学工学部助教)
関耕二氏(鳥取大学地域学部准教授)

等が出ています。       
(山本氏を除く9名は、群馬大学教育学部卒であるが、
 全員が山西研究室出身であるかどうかはわかりません。
 山本氏と柳田氏を除く8名は、群馬大学陸上競技部出身。
 山本氏だけは関東学院大学卒業、群馬大学大学院での山西先生の教え子。)

以前は群馬大学には教育学系の大学院がなかった(医学系、工学系はあった)ので、
深代氏は東京大学大学院へ、
谷口氏は広島大学大学院へ、
征矢氏以下狩野氏までは筑波大学大学院へ進学しました。
大学院のない大学(群馬大学教育学部)から、
これだけ多くの研究者を教え子から生んだのは、
山西先生の影響が少なくなかったと考えられます

(若い関氏のみは、教育学部を卒業後、
すでに設置されていた群馬大学大学院教育学研究科に進みました。
近年の群馬大学での教え子は、
そのまま群馬大学大学院へ進むケースが多かったようです。)


※1 ジャン-ジャック・ルソーの『エミール』と
   ピーター・セラティの『チャンピオンへの道

エミール』は、18世紀の啓蒙思想家ルソーの教育論の古典であり、
近代教育学の出発点となったともいえる書である。
現代からみればおかしなところもあるだろうが、
特に、子どもは小さな大人ではなく、
こどもの本性に即した教育の必要があると唱えたのだと考えると、
現代でもそのことを理解できていないものが多いことを考えても
今も学ぶべき普遍的な価値を持つ書であると言えよう。
もっとも私は初めの方だけしか読んでいないが。
ルソーの教育論

正式書名『陸上競技 チャンピオンへの道』は、
1950~60年代にオリンピック金メダリストを始め
国際的に大活躍した中長距離選手を育てた
オーストラリア人のコーチ、パーシー・セラティの著書。
「重要なのはできることではなく、できるように努めることである」という価値観と、
自然に学び自然な動きを尊ぶ(考察は合理的科学的と言える)姿勢に貫かれている。
1963年ベースボール・マガジン社から日本語訳の初版が出されたが、
現在は絶版となっていて入手は非常に困難である。
セラティの哲学や指導については、
永遠のセラティ-自然流ランニング哲学-山西哲郎高部雨市 共著 
 (株式会社ランナーズ 1989) ※絶版(入手は若干なら可能)
パーシー・セラティ/自由と野性のランニング』1~5 高部雨市
 (「ランニングの世界」1~5 明和出版〈年1~2回刊行〉 2005~7)
が参考になる。
『永遠のセラティ』は名著である。


※2 山地啓司氏はじめ山西先生の東京教育大学時代の仲間

山地啓司氏:著書に『マラソンの科学』(1983 大修館書店)、
最大酸素摂取量の科学』(1992/『改訂 最大酸素摂取量の科学』2001 )など。
ランニング事典』(ティム・ノックス著/ランニング学会訳 1994 大修館書店)や
山西先生を含む共著も数冊ある。
著書の案内などで拓殖大学駅伝部監督という職歴があるが、
山西先生がやはり拓殖大学駅伝監督をやっていた時期(70年代末~80年代初め)の
前あたりだろうか?
ランニング学会の会長も山地氏が先になり、
その後山西先生がなっていたり、
今年から山西先生は立正大学教授に迎えられたが、
山地氏は1年前に立正大学(法学部)の教授に就任していて、
どうやらお二人の研究室は隣り合っているらしい。
とにかく、山地氏と山西先生の縁は深い。

豊岡示朗有吉正博両氏は、
大学陸上競技部の指導者としても数々の選手を育成してきた。
また、両氏にも山西先生、山地氏同様、ランニングについての指導書を著わしている。
両氏と山西先生との共訳の本に
中・高校生の中長距離走トレーニング
 (ラリー・グリーン、ルス・パティ著 大修館書店 1999)があり、
前述したランニング学会訳の『ランニング事典』の訳にも参加されている。

両氏と伊藤静夫氏だけでなく、
山西先生の東京教育大学(陸上競技部)での教え子から
多くの方が大学院に進んだようだ。
山西先生の著書『山西哲郎の走る世界』(ランナーズ 1991)の中に、
「選手たちを被験者にして、最大酸素摂取量や乳酸などの実験を行っているうち、
選手も科学的トレーニング法に興味を持ち、半数以上は大学院に進学した。」(P47)
と書かれている。
私(と征矢氏)の高校時代の陸上競技部の顧問斎藤三郎先生も、
やはり山西先生の教え子であり、
大学院まで進んだ後高校教師となったが、
その後も中長距離研究会、ランニング学会と参加されている。


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【2009/10/09 13:23】 | # [ 編集]


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Author:フィジカル系職人
職業:マッサージ・鍼治療院経営
   アスレティックトレーナー
生息地:群馬
本名:佐藤 暢彦

身体のこと、治療のこと、スポーツのこと、などなど。日頃考えていること、興味を持っていることについて、書いていきたいと思います。

このブログについて:更新作業は治療室内のMacで行なっていますので、早朝や深夜、休業日の木曜に更新されることは基本的にありません。



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