感覚派アスレティックトレーナー  身体と会話する日々
マッサージ師、鍼師であり、アスレティックトレーナーでもあるフィジカル系職人が、身体について、スポーツについて、その他よしなし事について綴る、教養系?ブログ
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陸上競技人 山西哲郎先生 3(恩師 山西哲郎先生 その6)
山西先生の教えが、
「学生スポーツ(陸上競技)の枠・とらえ方を拡げた」こと
「誰にでも陸上競技における夢をもてることを示した」ことについて、
思い出したことがありました。

24時間リレー」という競技?があります。
10人一組になって、一人1マイル(1.6km)ずつ走っては次の走者にリレーし、
10人目の次はまた1人目につなぐというようにエンドレスにリレーして
24時間の間にどれだけの距離を走れるかを競う競技です。
アメリカかどこか海外で始められたようですが、
海外の新しいランニング・ムーブメントに詳しかった山西先生は、
もしかしたら日本で最初に24時間リレーを企画した人なのではないか
と思います。

私が大学に入学(1979年)する前に、
すでに群馬大学陸上競技部はやったことがあるという話を聞いて、
私たち中長距離ブロックの人間としては
いつかやってみたいというあこがれのような気持ちをもっていましたが、
大学2年の8月群大の陸上競技場において
ついに群大と拓殖大学との合同で24時間リレーが行われました
群大は複数チームを参加させましたが、
拓殖大学チームも複数チームを出したのか、
両大学の混合チームも編制したのかは、記憶が定かではありませんが、
中・長距離ブロック意外からもチャレンジした学生がいたような気がします。

24時間リレーは、一人当たりの走る距離は、
40kmが目安になると言われていました。
一人が25回ずつ走ると、1.6km×25でちょうど40kmになります。
一方、走る時間に注目すると、
全員が同じ回数(距離)走れば、
24(時間)÷10(人)=1440(分)÷10(人)=144(分)、
一人2時間24分平均走ることになります。
と、言うことは1回1.6kmを5分45秒6で走れば良いことになり、
そうするとできそうなペースに思えます。
あとは、チームメイト10名の個々の力を考慮して、
何人かはもう少し速いペースで走るといった個別の目標ができます。
頑張れば一人平均の走行距離を42.2km、
フルマラソンの距離を超えられることを密かに願いつつ、
私個人は1回1.6kmを5分20秒前後で走ったのではないかと思います。
走行距離は私は26回くらいで、フルマラソンの距離には届かなかったと思います。

当時、国内陸上競技部でこうしたチャレンジをすることは非常に珍しいので
毎日新聞群馬県板に大きく紹介されました。

大学3年時の冬には
群大と東京学芸大学陸上競技部の合同で、
東京~新潟間(国道17号上、総距離およそ340km)の駅伝が行われました

競走というよりも両大学がたすきをつなぎながら一緒に走るといった趣で、
これも一昼夜を通して走り続けるので
サポート部隊を含め皆で一緒にチャレンジをすることに
意義のあるイベントでした。
私は、残念ながら当時は右膝を痛めていて、
タイムキーパーなどサポートに回っていましたが、
走った仲間達はかなりの充実感を味わったようです。

前回触れたホノルルマラソン挑戦もそうですが、
他の陸上競技選手があまり経験しないチャレンジの場を持てて、
群馬大学陸上競技部に入ったこと・山西先生の指導を受けたことの
幸せを感じられました。


最後に、山西先生の陸上競技コーチとしての
技術を見る目について触れておきます。

私が大学1年時(1979年)の4年生には、2人の短距離のエースがいました。
おひとりは100mの方が得意で、もうひと方は200mの方が得意で、
この年群馬大学が関東インカレ2部で総合優勝できたのも、
100m、200m共にこの2人が2位、3位に入り、
400mリレーでも2位に入ったことが大きな要因の一つでした。
そのおひとり100mが得意の楢原先輩のフォームを評して、
「足首が伸びずに曲がったままなのが良い」と山西先生は解説していました。

当時(1970年代)、『陸上競技マガジン』(ベースボールマカジン社)や
『月刊陸上競技』(陸上競技社/講談社との共同発行)誌上では、
一流選手のフォームを連続写真によって解説していたが、
足が地面を離れる際、足首が伸びていることが良いと解説されていたと記憶している。
しかし、1983年にはその1~2年前から頭角を現していたカール・ルイスが、
世界陸上選手権で優勝したことで名実共に世界のトップに躍り出たことで、
そのフォームの連続写真が紹介されると、
足首はあまり伸びずに曲がってままでいることが示されました。
1991年、東京で世界陸上選手権が行われた時、
日本のバイオメカニクスの専門家が集まり、
世界陸上に出ている一流選手のフォームを
科学的に分析するプロジェクトが進められました

その結果、世界の一流選手に共通するのは、
やはり足首はあまり伸ばされないという事実
でしたが、
山西先生はその10年以上前から足首を伸ばさない
技術の優位性を認識していたわけです。

豊田敏夫200m  Carl Lewis100m
(日本選手権優勝100m1回、200m4回で、
1970年代後半~1980年代前半の日本のトップスプリンター豊田敏夫(左)と、
1980年代前半~90年代初に100mでオリンピック2回、世界陸上3回の優勝、
ベスト記録9秒86のカール・ルイス(右)、
二人の足首の角度を見比べて欲しい。)

また、「大学3年まで肉離れが多かった」楢原先輩は
大学卒業後、教員になってからもしばらく好調を続けていました。
それについては、山西先生は、
「教員になって練習量は減ったが、
小学校で教師として授業をするので立っている時間が増えた。
そのことが、脚の筋肉を鍛え、肉離れを防ぎ
パフォーマンスを上げているのではないか。」
という考察をされていました。
このことはトレーナーとしての知識を得た私が考察するに、
立ち仕事というクローズド・キネティック・チェーン(荷重下)における動作が多いことで
一方では抗重力筋(大腿四頭筋・下腿三等筋・前脛骨筋など)が鍛えられ、
他方ではハムストリング筋などの二関節筋における
筋収縮のタイミングなどの調整機能が向上し、
筋や関節を適切に使えるようになって肉離れを起しにくくなり
地面反力を推進力に利用しやすくなったという
解釈もできるのではないかと思います。
つまり、山西先生の考察は的を射ているのではないかと思うわけで、
「短距離は速筋が大切だけど立ち仕事では遅筋しか働かないから関係ない」
といった単純な考えでは生きた人間は説明できないと思います。

1990年代のことでしたが、
私はよく関東インカレに出かけ、山西先生と観戦しながら
選手のフォームの善し悪しなどを語りかけていました。
そんな時、眼前で行われているレースで走っている
中大の選手(武井康真選手だったと思う)について、
「佐藤君は、あれが良いフォームだと思っているかもしれないが
あれではまだ足が後ろに流れている。」
とおっしゃったのにはビックリし、
フォームを見る厳しい眼力に感心しました。

最近でも、ふとしたタイミングで鋭いこと(体幹の重要性)をおっしゃり、
走技術についても最新の知見を理解されているのかなと感心するとともに、
「感性」を重視する先生だけに知識だけの浅いものではなく、
科学的分析、技術論、感性とが統合されたものとしてお持ちなのかなと思うと
今後も指導の現場に立って欲しいと思います。


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フィジカル系職人

Author:フィジカル系職人
職業:マッサージ・鍼治療院経営
   アスレティックトレーナー
生息地:群馬
本名:佐藤 暢彦

身体のこと、治療のこと、スポーツのこと、などなど。日頃考えていること、興味を持っていることについて、書いていきたいと思います。

このブログについて:更新作業は治療室内のMacで行なっていますので、早朝や深夜、休業日の木曜に更新されることは基本的にありません。



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